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横浜地方裁判所 昭和48年(ワ)1537号 判決 1978年5月11日

原告(反訴被告) 岡田せい

右訴訟代理人弁護士 塩田省吾

同 佐藤泰正

被告(反訴原告) 寺崎成治

右訴訟代理人弁護士 豊島昭夫

同 小泉萬里夫

右訴訟復代理人弁護士 川邊周彌

主文

一  被告は別紙物件目録(一)記載の土地から同目録(二)及び(三)記載の土地に下水を流出させてはならない。

二  被告は原告に対し別紙排水管目録記載の排水管を撤去し、かつ昭和四五年一一月四日から右撤去ずみに至るまで一か月金五〇〇〇円の割合による金員を支払え。

三  被告の反訴請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は本訴反訴とも被告の負担とする。

五  この判決は第二項のうち金員支払の部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  本訴

1  請求の趣旨

(一) 被告は別紙物件目録(一)記載の土地から同目録(二)及び(三)記載の土地に下水を流出させてはならない。

(二) 被告は原告に対し別紙排水管目録記載の排水管を撤去し、かつ昭和四五年一一月四日から右撤去ずみに至るまで一か月金五〇〇〇円の割合による金員を支払え。

(三) 訴訟費用は被告の負担とする。

(四) 仮執行宣言(第(二)項)

2  請求の趣旨に対する答弁

(一) 原告の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

二  反訴

1  請求の趣旨

(一) (主位的請求)

被告は、原告に対し、別紙物件目録(一)記載の土地における下水を排泄するため、同目録(四)記載の土地部分を通水せしめる権利のあることを確認する。

(予備的請求)

被告は、原告に対し、一か月金七〇〇〇円の割合による金員を支払うことを条件として、別紙物件目録(一)記載の土地における下水を排泄するため、同目録(四)記載の土地部分を通水させよ。

(二) 原告は、被告が別紙物件目録(四)記載の土地部分に敷設された排水設備を別紙工事目録記載の方法仕様に改築、修繕又は維持することを妨害してはならない。

(三) 訴訟費用は原告の負担とする。

2  請求の趣旨に対する答弁

(一) 被告の請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

第二当事者の主張

一  本訴

1  請求原因

(一) 原告はその所有する別紙物件目録(二)及び(三)記載の土地(以下甲地という)に、被告はその所有する同目録(一)記載の土地(以下乙地という)にそれぞれ建物を所有し、右各土地を使用している。

(二) 甲地の北側一端と乙地の南側一端は崖になって接っしているものであるが、被告は、昭和三八年六月頃、乙地の下水を原告が甲地の北側部分に西から東方向にかけて設置していた排水設備を通じて甲地の東側に接っする公路の公共下水道に流出させるため、乙地の排水設備の南東端と甲地の右排水設備の西端を接続させ、昭和四一年九月、右接続部分の排水設備と甲地の右排水設備を改修した。別紙排水管目録記載の排水管(以下本件排水管という)は右改修の際被告によって設置された右接続部分の排水設備の一部である。

(三) 被告は以降継続して乙地の下水を本件排水管を通じて甲地及びその排水設備に流出させている。

(四) 甲地の排水設備は右改修の以前から現在まで乙地の下水のためしばしば溢水し、降雨時には右下水が甲地上の原告所有建物の床下、台所に浸水し、風呂場に汚水が逆流し、このため悪臭が発生し、常時床下は湿潤し、白アリの発生や漏電の原因となっている。ときには乙地からの汚物が排水溝に停滞し、原告が被告に苦情を申出ても被告はこれにとりあわず、原告は乙地の下水によって衛生上居住上著しい損害を蒙っている。

(五) 原告は被告に対し昭和四五年一一月四日到達の書面で本件排水管を撤去し、かつ甲地の排水設備を使用しないよう申入れた。

(六) よって、原告は被告に対し、甲地の土地所有権に基づく妨害排除ないし妨害予防として、乙地から甲地への下水の流出禁止及び本件排水管の撤去並びに不法行為を理由として、被告の不法行為後の昭和四五年一一月四日から右排水管撤去ずみまで一か月金五〇〇〇円の割合による慰藉料の支払いを求める。

2  請求原因に対する認否

請求原因(一)ないし(三)、(五)の各事実は認める。

3  抗弁

(一) 被告は、昭和三八年六月頃原告との間で、被告が乙地の下水を公共下水道に流出させるため、原告が甲地に設置した排水設備を利用すること、このため甲地に被告の排水設備を設置すること、これに伴う甲地の使用をすることの合意をした。

(二) 乙地は、別紙見取図のとおり、北側を公路と接っし、東側には訴外日立パブコツク株式会社所有の神奈川県横浜市鶴見区寺谷一丁目一五九一番一の土地(以下訴外会社所有地という)があり、南側に訴外甲斐正司所有の右同所一五八三番二の土地(以下訴外甲斐所有地という)及び甲地が位置し、右公路は、乙地、訴外会社所有地及び訴外中須治五郎所有の右同所一五九一番二の土地(以下訴外中須所有地という)の各北側を西から東方向に走って、訴外中須所有地に接する所で南方向に折れ、甲地の東側を通じて南下する下り坂路であり、供用の開始された公共下水道が設置されている。乙地は、右公路と接する部分で右公路よりおよそ三・四メートル低地であり、訴外甲斐所有地及び甲地と比較して右各土地よりおよそ四・三メートルないし六メートル高い。

(三) 乙地、甲地その他付近の地形及び被告が従前から使用していた事情を考慮すると、被告は原告に対し、下水道法一一条、民法二二〇条、二二一条に基づき、乙地の下水を公共下水道に流出させるため、原告の排水設備及び甲地を利用する権利がある。

《以下事実省略》

理由

一  本訴請求原因(一)ないし(三)(反訴請求原因(一))及び本訴抗弁(一)の各事実はいずれも当事者間に争いがない。

《証拠省略》によると次の1ないし4の各事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

1  被告は、昭和一九年頃から乙地に居住するようになり、以降昭和三八年六月頃まで、乙地の下水を排泄するため、乙地から甲地の西端を抜け、乙地の南側かつ甲地の西側に位置する訴外甲斐所有地に排水管を設置していた。

2  右排水管は昭和三八年頃訴外甲斐によって除切され、乙地の下水が甲地内にたれ流され、甲地上の原告建物の床下に浸水するようになった。

3  原告はその頃被告に対し、乙地の下水を訴外甲斐所有地の排水管に排泄するよう申入れたが、当時同訴外人と被告との間に、崖崩れによる補償問題をめぐって紛争があったため、かえって被告から原告に対し、甲地の排水設備を使わせてくれるよう申入れがなされた。

4  原告は、被告の右申入れをいったん断ったものの、被告が乙地の下水を甲地にたれ流すことを中止せず、これによって甲地の損害が増加するばかりであったので、やむなく、被告の申入れを承諾し、よって無償で前示のとおり本訴抗弁(一)の合意が成立したものである。

右認定事実に《証拠省略》を総合すると、原告と被告との本訴抗弁(一)の合意は、被告が近い将来単独に排水設備を設けるまでの一時的措置との約束で成立したものであることが認められ(る。)《証拠判断省略》

《証拠省略》によれば、本訴請求原因(四)の事実及び原告が昭和三八年六月頃以降被告に対し、しばしば右下水溢水による被害の善処を申入れたにもかかわらず、被告は前示のとおり昭和四一年九月に改修工事をなしたにとどまり、原告の右申入れを放置し、更に右工事も不完全であったことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

ところで、原告と被告間の前示合意は一種の無名契約であるが、その内容に照らし信義則上被告が単独に排水設備を設けるために必要な相当期間経過後に、前示のように当事者間の信頼関係が被告によって破壊されたものと解される本件では、原告はこれを将来に向って解約告知しうると解すべきところ、本訴請求原因(五)の事実は当事者間に争いなく、よって、昭和四五年一一月四日は右相当期間経過後であることが明らかであるので、右合意は同日限り解約されたものというべきである。

二  本訴抗弁(二)(反訴請求原因(二))の事実は当事者間に争いがない。

下水道法一一条、民法二二〇条、二二一条によると、通水権利者は、他人の土地又は排水設備に通水する場合、これによって生じる損害が最も少い場所を選ばなければならないのであるから、通水しうべき土地又は排水設備が所有者を異にして複数考えうるときは、それぞれに通水したとして生ずべき損害を比較し、その内損害の最も少い土地又は排水設備にのみ通水することができると解され、更にこの場合で、通水権利者の土地から公共下水道に直接排水することが科学技術上可能であるときは、この方法によったことによる通水権利者の損失と、前記の通水されることによる損害とを比較し、前者の損失が著しく多大なときに限って、通水権利者は他人の土地又は排水設備に通水させることができると解され、これを本件についてみると、乙地の下水を公共下水道に排泄する方法として、ポンプにより揚水して直接行う方法、訴外甲斐所有地を通じて排水する方法、甲地の排水設備を利用する方法、訴外会社所有地を利用して通水する方法が考えられ、甲地又はその排水設備について通水によって生ずべき損害が他と比較して最も少く、かつポンプ揚水の方法に必要とされる費用が甲地の損害と比較して著しく多大な場合にのみ、被告は原告に対し甲地を通水させる権利があるというべきだが、本件全証拠によっても、右要件事実を認めることができない。

被告は、昭和三八年以前乙地の下水を訴外甲斐所有地を通じて排泄していたことは前示のとおりであるが、この場合同訴外人について生ずるであろう損害を明らかにしうる証拠を被告は何ら提出していない。検証の結果によると、乙地からその下水を流出させるため、甲地を通じてその排水設備を通過させたとき、甲地内で公路までに必要とされる通水距離と、訴外会社所有地を通水させたと仮定したときの、同地内で最少限必要とされるであろう右距離とを比較すると、やや前者が長いものと認められ、更に乙地から甲地に設けられた本件排水管が地表面に露出していることをも考え合わせると、訴外会社所有地と比して甲地の損害が最も少いか否が疑問のあるうえ、その他同訴外会社が被るであろう損害について、被告は何らの証明をしていない。なお、被告が従前甲地の排水設備を利用してきたことは前示のとおりであり、この事実も、甲地、訴外会社所有地又は訴外甲斐所有地のそれぞれの被るであろう損害の比較のための要素となると解すべきであるが、一方、原告が甲地の利用を被告に許すに至った経過、その後に被ったさまざまな損害、これに対応した被告の態度、甲地の排水設備の瑕疵等前示認定の諸事情を考慮すると、被告の右利用の事実を過大に評価することは許されず、結局、本件においては被告の原告に対する通水権成立のための事実について証明が足りないことに帰すると言わざるをえない。

三  原告が被告に対して求める慰藉料請求は、被告の違法な下水の排泄行為に対する精神的損害を求めるものと解されるところ、右慰藉料を求めえる期間として、被告の原告に対する債権的通水権が消滅したと解される前示昭和四五年一一月四日以降、社会観念上被告が乙地の下水を通水させることがなくなると認められる本件排水管の撤去ずみまでの期間を相当と認め、更にその金額は前示認定の諸事実に照らし一か月一金五〇〇〇円の割合によることを相当と認める。

四  よって、原告の本訴請求はすべて理由があるからこれを認容し、被告の反訴請求はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用し、なお排水管撤去についての仮執行宣言の申立は相当でないので却下することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 清水次郎 裁判官 高梨雅夫 裁判官中村盛雄は転任のため署名押印することができない。裁判長裁判官 清水次郎)

<以下省略>

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